2011年11月12日

蕗谷虹児(ふきやこうじ)展

先日、町田市の市民文学館ことばらんどで開催している≪開館5周年記念 弧愁の詩人・画家〜蕗谷 虹児展≫に行ってきました。

この芸術家のファンであるとかでは全然ないのですが。(^^ゞ

たまたま招待券をいただいたこともあって、家族で行ってきました。

 
 蕗谷紅児展

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行ってすぐ、あの『花嫁人形』の作者であることを知らされました。「金襴緞子の帯しめながら、花嫁御寮はなぜ泣くのだろう・・・」

その原稿を目にすると・・・、一見なぐり書きのようでもあり、書き損じの訂正も見られる原稿用紙はかなり黄ばんでいましたが、それが却って生々しく、時空を超えて身近に迫ってくるものを感じました。「花嫁御寮」も原稿では「花嫁ごれう」になっていました。



展示の資料によると、新聞記者の父親は酒飲みで、家計のやりくりに苦労した母親は若くして先立ってしまったそうです。当時虹児は12歳。そんなきれいで若かった母親像がその後の作品に強く影響しているようです。

あの竹下夢二にその才能を認められ、当時の雑誌『少女画報』の挿絵を書くようになりました。上品で美しいなかにも憂いを帯びた少女の顔は竹下夢二と共通するものがあるように思いました。

子供の頃、子供向けの絵本の表紙に同じような少女の顔を見かけた記憶が蘇ってきましたが、やはり虹児が描いていました。そんな懐かしい童話の本が数冊置いてありました。

参考サイト:「松岡正剛の千夜千冊『花嫁人形』蕗谷虹児」

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【町田市ホームページより】

童謡「花嫁人形」の作詩者として知られる詩人・画家 蕗谷虹児(ふきやこうじ、1898―1979)は、竹久夢二の紹介により「少女画報」に挿絵(さしえ)を描き始め、その詩情溢れる繊細な抒情画により、大正から昭和にかけて少女たちに夢を与え絶大な人気を博しました。また、1922年に野口雨情の推薦により初めての詩画集『銀の吹雪』を刊行。その後4年の間に次々と詩画集を発表し、いずれも版を重ね少女たちの熱烈な支持を得ました。絵画修行のため赴いたパリでの成果が織り込まれた詩画集『花嫁人形』(1935年)は虹児の代表作となります。しかし、このような華々しい活躍とは裏腹に、虹児の人生は波乱に富んだ苦難の連続でした。愁いを湛えた詩句には、家族や郷里への深い想いをみることができます。

町田市玉川学園には、1954年春、55歳の時に転居し約20年間を過ごします。この頃は絵本の挿絵に加えアニメの制作、念願であった個展の開催、画集の出版など新たな分野へと活動を広げた時期でもありました。

本展では、虹児の詩人としての業績を、美麗な装幀に彩られた瀟洒な詩画集を通して改めて見直すとともに、数々の挿絵やタブローから、美への矜持と家族へのゆるぎない愛に支えられて描き出した、抒情性豊かな作品世界をご紹介します。哀切な詩句、懐かしくモダンな絵は、現代の私たちにも新鮮な感興をもたらし、心豊かな世界へと誘ってくれることと思います。


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大人の塗り絵画集 蕗谷虹児の世界 [大型本] / 蕗谷 虹児 (著); あおば出版 (刊)

蕗谷虹児―思い出の名作絵本 (らんぷの本) [単行本] / 蕗谷 虹児 (著); 河出書房新社 (刊)

蕗谷虹児 (らんぷの本) [単行本] / 蕗谷 虹児 (著); 河出書房新社 (刊)

花嫁人形 蕗谷虹児詩画集 [単行本] / 国書刊行会 (刊)







posted by 酔ing(すいんぐ) at 23:48 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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