2013年10月10日

読売新聞ぷらざ欄形見の傘

読売新聞朝刊の家庭欄に「ぷらざ」という投稿のコーナーがあります。


今日の投稿は 「形見の傘は今いずこ」 というタイトルで、82歳のおばあちゃまからでした。


が、読んでいて、哀しくて切ない気持ちになってしまいました。


病院の玄関前の傘たてに置いた傘を忘れて帰り、途中で気が付いて戻ったらもう傘はなかった、というものです。


近所の医院に午前中出かける日のこと。天気予報によると、所によっては午後から雨になるかもしれないということで、念のため傘を持って出かけた。傘は医院の玄関の前の傘立てにさしておいた。

診察が終わり、外に出たら、雨が降っていなかったので、うっかり傘を忘れてしまった。途中で気がついて戻ったが、傘立ての傘はなくなっていた。

受付の女性に事情を話して帰宅した。傘立てには3〜4本あったので、誰かが間違えて持って帰ったものと思ったからだ。

しかし、1週間たっても、私の傘は返ってこなかった。傘は亡き母がプレゼントしてくれたもので、形見のように思っていた。古くても大変気に入った、大事な物だった。諦めることにしたが、本当に悲しい。

持ち帰った方には差し上げますから、どうか大切に使ってください。でも、傘の気持ちも私と同じように複雑だと思います。


この方の悲しい気持ち、すごくよく分かります。


物を失くすこと自体、とても悲しいことですし・・、ましてや大切な母の形見のものだったりしたら、その悲しみは如何ばかりのものか、想像するだけでも心が痛みます。


世の中の忘れ物のうちで傘は代表的なものかも知れませんが、中にはこの方の傘のように大切な形見の場合だってあるんですからね。


黙って持っていった人は全く軽い気持ちで、そこら辺の忘れ物ぐらいに思っているところが何とも悔しい思いがします。


大事な人や可愛がっていたペットを喪うのと同じくらい、大切なものを喪う<喪失感>の辛さというものを知って欲しい、傘を持っていった人にどうしてもそう言いたかったのだと思います。


可愛がっていた犬が行方不明になった時、あらゆる手段を尽くしても見つからなかったら、最後はどうか拾われたところで幸せに暮らして欲しいと願う気持に通じるものがあるような気がしました。


『持ち帰った方には差し上げますから、どうか大切に使ってください。でも、傘の気持ちも私と同じように複雑だと思います。』 の言葉に彼女の怒りを抑えた悲しみと訣別の覚悟を感じるのは私だけではないと思います。



posted by 酔ing(すいんぐ) at 23:59 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース&話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする